2009年9月の部長会で、60周年の行事が話題になった。その中で、特別なセレモニー等は行わず、60周年記念誌を編集することが決まった。人にたとえれば還暦を迎えるに当たって、創設当時の状況を改めて確認することに重点を置くことを話し合った。また、授業で日本史を担当している永山が編集のまとめ役を仰せつかった。

60周年記念誌の第1回編集委員会は、2009年11月23日に開かれた。委員として、校内から、ホセ校長・谷口副校長・岡山教頭・播磨庶務部長・西村(拡)先生・太夫先生そして永山、校外からは同窓会誌『小松原』編集のベテランである鹿児島純心女子短期大学教授の三島氏・鹿児島サンケイの藤崎氏に参加してもらった。また、麻生善三先生・小山忠博先生には写真撮影をお願いした。

創設当時の学内事情、学園や生徒の経済状況など明らかにしたい内容は多岐にわたり、当時の教職員や在校生に聞き取りを行い、また同窓会誌などで広く情報提供の呼びかけを行うことになった。これに応えて現旧教職員、同窓生、母の会会員・母の会OGなど多くの方々から資料を提供していただいた。この場を借りて厚く御礼申し上げる。

当初編集委員会で出された項目は、創立当時の状況、寮(含カトリック寮)・下宿の状況、体育祭について、クリスマスバスケットバザー、同窓会や母の会の沿革などであり、編集委員で分担し、あるいは原稿を依頼していったが、残念ながら充分に資料が集らず、他日を期することになった項目も少なくない。

2011年1月27日に第9回編集委員会を開いて、内容や表記についての統一を行い、ようやく私たちの手を離れることになったが、この会議にも、新たに、開校式に際するマルセル・プティ初代校長・井畔副校長の挨拶や重成格知事の祝辞などの手書き資料が持ち込まれ、こうした内容を一部追加することになった。2月10日の卒業式に間に合わせるために、ぎりぎりまで作業を行った。遺漏少なからざることを恐れるが、こうした点については次なる70周年記念誌を期することにしたい。

玉稿を寄せていただいた元同窓会会長松木實氏、母の会会長黒木みちよ氏、函館ラ・サール学園理事長アンドレ・ラベル先生には改めて御礼申し上げる次第である。

(編集委員 永山修一)